February 20, 2006

介護に想う・・を読みました

  毎週月曜日、北海道新聞の生活面に
 「介護に想う」という投稿記事が掲載されます。
 今日の記事は、2年前に81歳でなくなった
 お姉さんのことを綴った内容でした。
 徐々に体の自由を奪われる病気で介護を受けていたお姉さん・・
 通っていたヘルパーさんが「できることはなるべく自分でやらせるように」と
 アドバイスされてから、同居の嫁がほとんど介助しなくなった・・
 当時は嫁の冷たさを憎みもしたが、
 介護の大変さを思いやる気持ちも今は芽生えている・・ 
 妹さんの複雑な思いがこめられていました。
 
  発熱で短期入院した母の様子を思い出しました。
 78歳の母は、たった二週間だったのに
 認知症も進み、表情も乏しくなり、介助なしでは歩けなくなっていました。
 車椅子で退院し、起き上がることにも、立つことにも介助が必要になっていました。
 退院三日目、姉がついてくれることになり私は仕事に出かけました。

 夕方帰ってみると、母はなんと杖をつきながらも、自分で歩いているのです。
 姉は、母の弱音を退けて「歩けるでしょ!」と励まし続けたようです。

 「歩けない・・」の一言をそのまま受け取った私が
 甘やかしてしまって母の能力さえ摘み取っていたのですね。

 あやうく寝たきりにするところだったと今でも姉に感謝しています。

 

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December 21, 2005

リップクリーム

冬本番です・・
久しぶりに娘と街に出かけることになりました。
車に乗り込むと早速「この頃、唇が荒れるのよねえ」と
リップクリームをバックから取り出しました。
冬は乾燥して、肌も唇もカサカサになってしまいます。

暖房で汗ばむほどの室内でも
じぃーっっとしている母はいつも寒がって
下着、セーター、ベスト、重ねに重ねて
数えてみたら6枚着ていることもありました。

唇が乾燥してきた母にリップクリームを
買ったことがありました。

フルーツの甘い香りのリップに
「おばぁちゃん、食べちゃうよ きっと」
娘に忠告されたのは
もう何年前でしょう・・

うっかりテーブルに出したままでしたが
ふと気がつくと買ったばかりのリップが
床に転がっていました。

中身はくりぬかれて何もありません。。

「 おばぁちゃん、このリップ知らない?」
「 知らないよ 」 と 母。

聞き方を変えてみました。
「 おばぁちゃん、このリップ美味しかった?」
「 うん、 美味しかったよぉ。」

唇に塗るくらいだから全部食べちゃっても
大丈夫だよねぇ・・・

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August 26, 2005

性格も変身?

マンションのお隣さんは
大正生まれの御夫婦で二人暮らしをなさっていました。

寄り添うように仲の良いお二人でしたが、
お元気だったおじいちゃまがお風呂場で倒れ、
リハビリの甲斐無く二年たたずに亡くなられてしまいました。
そのショックもおありだったのか
程なくおばあちゃまに認知症の症状が現れ、
心配した息子さんとお嫁さんが交代で通ってきていました。

「今日食べるお米が無いから貸してくださる?」と
おばあちゃまが、うちを訪ねていらしたことも何回かありました。
買い物に出て迷ってもと思い、
一回焚く分を持って帰っていただきました。

「冷凍庫に御飯があまっているのに何度言ってもきかなくて・・・」
後日息子さんが話してくださいました。

「いえいえ うちの母はお米と思って
そうめんを研いだりしてますから・・大丈夫!」
なんて、へんてこな慰め方をしたものでした。

一人暮らしも無理となって、お引っ越しされましたが、
テレビの特集番組でおばあちゃまの笑顔を発見しました。
週末居酒屋にも変身する、洒落たグループホームで
穏やかに暮らしていらっしゃるご様子でした。

あれから二年・・ 
偶然おばあちゃまのお嫁さんに外出先で声をかけられました。

あれだけ温厚だった方が、最近は頑固に拒否したり、
暴言を吐いたりすることもあるとのこと。

「不思議ですよね。何か不安になるのかしら・・・
うちの母も、色々ありましたよ・・・」
とお話ししました。

いちばんの傑作は口に含んだ薬を
私の顔めがけて吹きかけたことかしら・・

それとも・・・

 

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August 21, 2005

これ、何の傷?

交換ノートから                     2001.6.13

 母の猫「みぃ」はプライドが高いのか

 抱かれることをとても嫌がります。

 母はそれを忘れて抱き寄せようとしては、時々引っ掻かれます

 昨日もご機嫌ななめの「みぃ」に引っ掻かれて

 母は右腕に傷をつけられてしまいました。

 でも母は何故傷があるのか、すぐに忘れてしまいます
 
 「ねぇ・・この傷、どーしたんだろう・・???」

 と尋ねてきます。
 
 何度も聞かれるので、母の傷に絆創膏を貼った上からマジックで

 「 猫のひっかき傷」 と書いてみました。

 でもどうなってるか興味津々の母は

 すぐに絆創膏をはがしてしまいます。

 そして・・・

 「ねぇ・・この傷、どーしたんだろう・・???」


 ・・・2005年、みぃは19歳になりました。
   とても甘えん坊になって膝にすり寄ってきます
   母が生きてた頃、こうしてたら
   もっと可愛がってもらえたのにね

 
 

 


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August 20, 2005

交換ノート 卒業・・

6年前からつい最近まで、友人4人とノートを回して
その日その日の思いを綴っていました。

先日、書き終えたノートを数えたらなんと42冊!!
携帯メールも慣れてきたので、ついに終了することになりました。
宝物のようなノートですが、やはり処分しようネという結論に達しました。

母の様子を書いたとき、介護経験のある友人から
亡くした親を思い出して辛い・・・と言われました。
それからは努めて明るい話題をみつけては書いていました・・・

5年前のノートから・・              


「 今を大事に・・」           
           2000年7月21日

 何年続けることになるかわからないけれど、
今は母との時間を大切にしたいと思っています。

曜日や四季の認識が無くなってきた母に
 「今日は何日?」
と聞いてみました。

ちょっと間をおいて

 「 きのうの次の日 」

としっかりした答えが返ってきました。

ひとり笑いころげました

またある日、何度も問いかける母につい

「 さっきも 言ったでしょ!」

とうんざり答えた私に母は

「 私は日々生まれかわってるの!」

の一言が・・・

そう・私も日々リセットして楽しもう!!

まだまだ母には かなわない・・・

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April 23, 2005

濡れた仔馬のたてがみを~

仕事上で以前おつきあいのあった方が亡くなり、お葬式に参列してきました。
91歳とうかがいましたが、4年前脳梗塞で倒れてから、おばぁちゃま(奥様)は休むことなく
日に2度、病院に通っていらしたそうです。

現在、義母も脳梗塞で倒れた義父を毎日見舞っていますので
義母の姿と思いを重ねて見てしまいました。

義母がインフルエンザで倒れて見舞いに行けない日がありました。
混濁した意識の中で義父が差し出した手を、私がそっと握りかえしたら、ふっと目をあけました。
「手がちがう?」と聞いたら父は小さく頷いて、はにかむような笑顔をみせてくれました。

病院で同じような時を刻んでいらしたのではと胸が熱くなりました。
病状が一進一退するなか、おばぁちゃまは枕元で童謡を口ずさんでいらしたとか。
おじいちゃまと心和むひとときをおすごしだったことと思いました。
式場には愛唱歌だったサトウハチローの童謡「めんこい仔馬」が低く流れていました。

会場の後方には今は社会人となられたお孫さんが小学生の頃書いた
「おじいちゃんの仕事の歴史」が壁一面に張られていました。
お休みにおじいちゃんの話を聞いて何日もかかって書いた様子が
偲ばれてほのぼのとした気持ちになりました。
施主の方が社会的に地位のある方ということは会場で知りましたが
家族とおじいちゃまのつながりを一番に大切にされた優しいお式でした。

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January 10, 2005

千の風になって

わたしの お墓の前で泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません

千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る
                 ・・・・・

母を亡くしてまもない頃、友人がこの詩をメールで送ってくれました。
この詩を読み、姉と二人泣きました。

それから、かあさんのいるとこは ちょっとちがうよねぇと・・

春には おはぎを盛ったお皿の前にちょこんと・・
夏には アイスクリームやプリンのおやつのそばにスプーンを持って・・
秋には ぶどうや柿、りんごの皮をむいてる横で・・
冬には クリスマスケーキやフライドチキンの上がった楽しい食卓の前に・・

いっつもそばに座っていそうネ
目を潤ませながらクスッと笑いました

「涙が出なくなるまで泊まっていくから・・」と慰めてくれた娘は
母が大好きだったケーキを毎日買って帰り、お供えしてくれました。
お供えのお下がりで、まん丸くなった私と娘を見て母も笑っていたことでしょう・・

もう1年経つのですね。今日も外は吹雪です。


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December 27, 2004

はいかい?夢遊病?

午前一時、Hさんからメールが入りました。
「外から呼ぶ声が・・」といって外出したがるお母様を心配して
玄関が開くと鳴るチャイムをつけたとのこと。
気付いたお母様は馬鹿扱いするなと不機嫌になったとか。
雪の季節になるといっそう心配になります。
もう5年以上前になるでしょうか。雪の積もった寒い日でした。
母が寝たことを確かめてから同じ棟の自宅に戻りました。
二時間ほど経ってしまいあわてて母の住む一階に戻ると
鍵も開いていて寝室に母がいないのです。
まだベットに暖かみが残っていました。
マンション一階のコンビニに飛び込み、
母をよく知る店長に聞いてみても立ち寄っていないとのこと。
心配した店長は店を閉めて一緒に捜してくれました。
母はマンションから50メートルほど上がった坂の雪の中に
しゃがみこんでいました。
パジャマ姿にスリッパでした。取り乱している私を見ても
「あら。よくわかったねぇ」とにこにこしていた母でした。
店長におんぶしてもらい部屋までもどりました。
命の恩人は、重かったぁ・・とあとで笑ってましたっけ。
冷え切った母をさすって一晩すごしましたが、
奇跡的に熱もでず、風邪もひかなかったのは発見が早かったからでしょうか。
誰か訪ねてきたみたいで・・と外出の理由を話してくれました。
この一件から数日後、玄関・ベランダすべてにブザーを取り付けました。
母には「この頃物騒だから空き巣よけにつけることにしたから・・・」
と納得してもらいましたっけ。

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December 23, 2004

K子さんへ

先日は心のこもったお手紙をありがとうございました。
母が逝ってもうすぐ一年、お仏壇も我が家に引越しを済ませ
少しずつ母のいない生活を受け止められるようになってきました
昨年は三度入退院を繰り返した母でした。
12月初旬にやっと退院しましたが、
徐々に食事を摂ってくれなくなりました。
認知症も進んでいて、
なかなか言葉も出せない状態になっていました。
きざみ食からミキサー食とあれこれトライしながら
一時間以上かけて食べてもらっていました。
食事の介助に疲れて、
スプーンを持ったまま放心状態になっていた私の膝に
そろそろと母の手がのびてきたことがありました。
「・・どぉしたの・・だいじょぉぶ?」と言うのです
母の手を握りかえして「大丈夫よ」と答えながら
涙がとまりませんでした。

訪問看護師さんから
「おかあさんにはいつも癒されています」
と言っていただいたこともありました
来て下さる方を迎える微笑みと感謝の言葉には
娘には気づかないパワーがあったのかもしれません。

                      

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November 18, 2004

喪失感

「急に特別養護老人ホームから空きができたと連絡があって、母を入所させたの。」と友人から電話がきたのは先月下旬でした。たった一人で昼夜なく介護を続けてきた彼女の体も、もう限界状態でした。
ホームからの電話ですぐ返事をしないと、次の機会がいつあるかわからないと半ば脅迫状態の中、バタバタと入所がきまったようです。幸い自宅から一時間以内の所だしいつでも行けるからと自分自身を納得させたはずでした。

それからひと月余りたち、彼女もまた喪失感に苦しんでいるようです。
どうしようもなく、ぽかっと空いてしまった時間。母の介護食をつくり、食事の介助をしていた時間。
夜、何度もトイレ介助に寝起きした時間。ディサービスから帰る時間に間に合わせ、急いで帰宅して母を待っていた時間。すべて母を中心に生活のサイクルがまわっていたのは私も同じでした。
レンタルの介護ベットを返却し、がらんとした部屋で呆然とする友人の姿が目に浮かびます。
めちゃくちゃ一生懸命になって、部屋の片付けをしながらぼろぼろ泣いていた自分自身の姿と重なってしまいます。

でも、彼女にも私にも、待っていてくれる家族、頼りにしてくれている家族がいてくれます。
がんばらなくちゃね!!

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«おむつじゃない!?